▼連載記事をフォローする(青字のリンク先からフォローしておくと記事が検索画面に表示されやすくなります)

お笑いコンビ・アケガラスのメンバーとして活動しながら、自作のラップや「どんな曲もHIPHOP感出す男」など人気コンテンツを発信するクリエイターとしても活躍するKing Boyに、就活やキャリアについてたずねる連載企画。
本記事では、これまでのキャリアの歩みを紐解きながら、「向いている仕事は飛び込んでこそわかる」「好きなことに向き続ける」といった就活にも通ずるお話を伺いました。
※本記事は連載記事です。続編が公開され次第リンク先に飛べるようになります。
・1記事目:「どんな曲もHIPHOP感出す男」King Boyの就活論。「面接で自分を偽るのはフェイクじゃない」
・3記事目(5/25~公開予定)
・4記事目(6/1~公開予定)
| ▼King Boy(キングボーイ) プロフィール 神奈川県出身。吉本興業所属のお笑いコンビ「アケガラス」のメンバーで、相方のガネとは学生時代からの幼馴染。幼少期から慣れ親しんだラップを取り入れたコンテンツを個人でも発信し、SNS総フォロワーは約14万人と現在進行形で人気を集めている。自身でもリリックを書くなど音楽活動も精力的におこなう SNS:YouTube / X(旧Twitter) / Instagram / TikTok |
【特別インタビュー企画】
「あの人」に聞く未来の“出会い方”社会という広い海へ漕ぎ出す就職活動。
地図も決まった航路もないなかで、
どうやって自分の進むべき道を決断すればいいのでしょうか。
必要なのは、誰かが作った正解ではなく、自分が納得して進むための「羅針盤」。
本企画では、自分だけの羅針盤をもって
オリジナルの道を歩む人たちにインタビュー。
迷いながらも進み続けた人生ストーリーから、
明日からの就活がちょっと楽しみになるヒントをお届けします。
土日が嬉しくなかった幼少期

──King Boyさんの「ルーツ」を伺っていきたいです。たとえば今と昔で変わったことはありますか?
King Boy)基本は昔からこんな感じですね。何かとポジティブに受け止めがちというか。
まずうちは母子家庭だったので、小さいころからママは仕事で家を空けていることが多くて、だから家にいるのが寂しかったんですよね。
そのせいで土日が嬉しくなくて。遊べるようなものが家にあったわけでもなかったから、身の回りのもので敵を作って戦ったりとか、空想の中で暇をつぶしていました。
それと比べて学校がある日は友達とも遊べるし、平日のほうがよっぽど嬉しかったですね。

King Boy)学校が休みの日はママの知り合いの家に預けられることも多くて。いろいろな大人とかかわるのは楽しさもあったけど、そりゃやっぱり寂しかった。
だからこそなのかな、そんな現状に対する自分なりの防衛策としてポジティブさが身に付いたのかもしれません。
あ、でもね、ママと仲が悪いわけじゃないんですよ。今もとっても仲良しです。
──お母様はどんな方なのでしょうか。
King Boy)とってもかわいいママです。ただまあ、小さい頃は厳しくって。今でこそ愛のある行動だってわかってるけど、怒ったときはもうすごかったですね。
まあシンプルに自分がわんぱくな子供だったってこともあります。構ってほしくて喧嘩したり問題起こしたり、そりゃ怒るよなって。
ママが最大級に怒ったときはね、ベルトが出てくるんですよ。いや、あれは怖かった。
──ベルト……具体的にはどんな感じだったのでしょうか。
King Boy)黒のレザーのベルトを両手でピンッて引っ張って、この顔。あとはわかりますね?

──「これからとんでもなく怒ります」って顔をしてますね。
「言葉」が出なくて。でも見てほしくて
King Boy)わんぱくな子供だったって言いましたけど、小さい頃ってうまく「言葉」が出てこなかったんですよね。
──それは、スキルとしてまだうまく扱えていなかった?
King Boy)というより、性格的な問題ですね。普通に話すことはできるんですけど、自分が今感じていることとか、思っていることが大きくなればなるほど、うまく言葉で伝えられなくて。だから先に手が出ちゃう子供だったんです。
何よりも、やっぱり寂しかったんでしょうね。誰かにかまってほしい、見ていてほしい、日々の寂しさの反動が学校で出てしまう。なんでわかってくれないのって感情をぶつけてしまう。

King Boy)何かとポジティブにふるまいがちな部分と根っこは同じで、寂しくてたまらない気持ちを、そうしないとほどけてしまいそうな自分の心を守る手段が、当時はそれしかなかったんです。
だからクラスではいつもテンションが高かったし、「みんなついてこい!」みたいなリーダー風も吹かしてました。
ママから持たされた給食費を勝手に使って、みんなにお菓子とかジュースを奢ったりね。
──そんなことしたら……!
King Boy)当然、ママにはすぐにバレて、こうですね。

いつの間にか大丈夫になっていた
King Boy)小学4年生のころに転校したんですが、転校先でもやっぱりわんぱくなふるまいをして、そのたびに怒られる日々を送っていました。
大きく変わったのは中学に上がってからですね。転校もしなくなったし、精神的にもちょっとずつ大人に近づいていたのか、次第に落ち着いていきました。

それと、当時仲良くしていた友人のグループからある日突然ハブられたのも大きく影響しました。自分にも非があるなって素直に思えたんです。
そこで大きく反省して、感情をコントロールするようになりました。「このままじゃいけない」って気が付いたわけですね。
よく見れば周りにはもうダチはいるし、自分の居場所はちゃんとできていた。自分の気持ちを言葉で手渡す技術も身に付いていた。変わる準備はもう、整っていたんです。
HIPHOPとの出会い、未来の相方の出会い

King Boy)あとは、中学からは明確な「先輩」ってものができますからね。あんまりわんぱくはしていられないわけです。
先輩と言えば、当時とある先輩が携帯の着メロをラッパーの「AK-69」さんの曲にしていて、そのときは誰の何の曲かは知らなかったけど、痺れるくらいめっちゃかっこよくて。それがHIPHOPとの出会いでもありました。
ちなみに、この中学時代に相方(ガネ)とも出会っています。
──ちなみに、最初はどんな印象だったのでしょうか。
King Boy)お互いに「コイツ、むかつく顔をしてんな」って思ってました。
「偏差値」を知らない状況から高校進学

King Boy)卒業後は高校へ進学したんですが、ぶっちゃけかなり奇跡的な出来事でした。
最初はなんとなく卒業した後は高校に行くんだろうな、くらいでとらえていたら、何やら「偏差値」ってものがあるらしいぞ、意外と落ちるやつがいるらしいぞ、と段々解像度が上がってきたんですね。
全然勉強してないから成績も悪いし、「え、俺って高校いけないの?」って、そりゃもう焦りましたね。
──そこからどうやって試験に合格したのでしょうか。
King Boy)「先生、俺高校行きたいです」って頼みこんで基礎から教えてもらって、ママにもお願いして塾にも入れてもらいました。周りにいる大人がみんな親身になって支えてくれて、そのおかげでなんとか滑り込むことができたんです。
思えば、このとき初めて「本気で努力する」という経験をしたんだと思います。
それと、なりふり構わず周りを頼ったのも良かったんだと思います。困ったときは周りの力を借りるべきだし、意外とみんな力を貸してくれるもんです。それは自分が一生懸命であればあるほど。
「リュウネン?」
King Boy)楽しい高校生活も順風満帆というわけではなくて、一つ問題がありました。朝起きられないんですよ。さぼってるわけじゃなくてシンプルに起きられない。
そして高校2年生の、ある日のことです。その日は欠席したら留年確定の、絶対に行かないといけない授業があったんです。でもね、朝起きたらもう間に合わない時間でした。

King Boy)あ、終わった。そう思いながら、痺れる指先で部屋のふすまを開けると、なんとママは普通に起きてたんですね。
「いや起こしてよ!」って。「俺、留年しちゃうんだよ!」って。

King Boy)そしたらママはなんて言ったと思います?

King Boy)「リュウネン? 何それ」
ママ、「留年」を知らなかったんです。そりゃ起こさねえわ。

向き不向きって飛び込んでみないとわからなくね?
──留年が決まった後はどうされたのでしょうか?
King Boy)高校を中退して働きました。知り合いが紹介してくれた塗装屋さんでそのあと1年ほど働いていましたね。
楽しい部分もたくさんある仕事だったんですが、働いてみてわかったのは自分にはルーティン的な仕事がまったく向いていないということ。

King Boy)決まった時間に起きて、決まった流れで決まった仕事をして、決まった時間に帰る。これにどうにも耐えられなくて。
きっと自分には、やることを自分で選べるような仕事が合っている。安定や安心よりもそういった変化のある環境に心惹かれる。
実際に現場に立って「働く」ってことがリアルにわかったからこそ、自分の輪郭がわかったんですね。
仕事選びという場面においては、飛び込んでみて初めてわかることもあるんだ、ということはぜひ伝えたいですね。向いてるにしろ、向いてないにしろ。
芸人への道が始まった瞬間

King Boy)それで役者やモデルとかを目指そうかなって思っているとき、ちょうどガネから連絡がきたんです。
「俺、NSC(吉本興業が運営するお笑い芸人の養成所)入ろうと思っているんだよね」って。
長い付き合いだからわかります。これは「俺と一緒に芸人目指さない?」って言っている。彼はそんなシャイなところがあるんですよ。
ちょうどこれからについて考えていた僕は、迷うことなく二つ返事で返して今の僕たち、アケガラスにつながっていったわけですね。
「あとは進むだけ」

──これからの仕事やキャリアについて、何か考えていることはありますか?
King Boy)そうですね。もちろんまずは芸人としてもっと売れること。現状にはまだまだ満足していませんし、もっともっとやってやるつもりです。
HIPHOPも正面から向き合ってやっていきたいし、最近は多くの方に見てもらえている個人の発信活動も頑張りたいですね。
──「どんな曲もHIPHOP感出す男」「バイブス高いけど真面目な幼稚園の先生」などですね。
はい。もちろんそれに限らずいろいろなコンテンツを出していきたいと思っています。せっかくやるなら、自分がやりたいこと、興味のあることに真摯に向き合うことを大切にしたい。
芸人をやっているのも、「好きなことをやりたい」を突き詰めた結果がこの形であるというだけですし。
我慢しなければならなかった、気持ちを手放す手段を持っていなかった子供のころの自分とはもう違います。
自分のやりたいことを自分で選ぶ、その姿勢をもって、相方との日々をこれからも楽しんでいきたいですね。

取材・執筆・撮影:小林駿平
執筆・編集 PORTキャリア編集部
> コンテンツポリシー記事の編集責任者 熊野 公俊 Kumano Masatoshi




