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伊勢丹──コム・デ・ギャルソン。ファッションの最先端で磨いたプロフェッショナルとしての経験と、コミカルなキャラクターが多くの人気を集めるよこちるどれんに、就活やキャリアについてたずねる連載企画。
本記事では、ファッションに目覚めたきっかけから、伊勢丹、コム・デ・ギャルソン、そして独立と、これまでどのような意思決定をしてキャリアを築いてきたのかを伺いました。
※本記事は連載記事です。続編が公開され次第リンク先に飛べるようになります。
・1記事目:ファッションインフルエンサー「よこちるどれん」に就活着こなし相談! スーツはこう着る
・3記事目(5/25~公開予定)
・4記事目(6/1~公開予定)
| ▼よこちるどれん プロフィール ファッションインフルエンサー。1993年、高知県四万十市生まれ。自身のYouTubeチャンネルやTikTokで日常や洋服を軸とした動画コンテンツを発信。各SNSの総フォロワー数は約50万人に上るなど、ファッションを楽しむ若者層から厚い支持を集めている SNS:YouTube / X(旧Twitter) / Instagram / TikTok |
【特別インタビュー企画】
「あの人」に聞く未来の“出会い方”社会という広い海へ漕ぎ出す就職活動。
地図も決まった航路もないなかで、
どうやって自分の進むべき道を決断すればいいのでしょうか。
必要なのは、誰かが作った正解ではなく、自分が納得して進むための「羅針盤」。
本企画では、自分だけの羅針盤をもって
オリジナルの道を歩む人たちにインタビュー。
迷いながらも進み続けた人生ストーリーから、
明日からの就活がちょっと楽しみになるヒントをお届けします。
服は声の代わりだった

──よこちるさんと「ファッション」との出会いはいつに遡るのでしょうか。
よこちるどれん)高校生くらいからですかね。でも最初から今のようなスタイルだったわけではないんです。それこそ当時よく読んでいたのは『CHOKi CHOKi』(内外出版社)『smart』(宝島社)とかで、ファッションもそっち寄りです。
──かなり意外です。
よこちるどれん)よく言われます(笑)。でも、そもそもファッションというものを意識し始めたのも、「だれかに見てほしい」が根底にあったからなんですね。だから手に取る服も万人にウケそうな服が多かった。
いうなれば承認欲求。それは多くの人も同じように抱いているものだと思いますが、僕はそれが人一倍強くって。でも、子供のころは内向的で口下手なほうでした。
だから僕にとってのファッション、服というものは「言葉」の代わりだったんですね。「俺を見てくれ!」と叫びたい、でも叫べないから、身に纏うことで代わりに叫んでいた。
ファッションへのディープな目覚めは唐突に
よこちるどれん)服が持つ歴史やバックグラウンドまで知りたくなるほどファッションに「傾倒」し始めたのは、大学時代に始めたGAPでのアルバイトがきっかけでした。
ファストファッションでなぜ? って思いますよね。それはそうなんですが、そこに強烈な人が転職してきたんですよ。渋すぎるデニムジャケットをばっちり着こなしたワイルドな人でした。
とあるセレクトショップの店長だったというその男性は確かな服への知識と愛を持っていて、何より優しくてノリのいい人だったから、めっちゃ馬が合ったんですよね。

冗談を言い合ったりしながらいろいろ教えてもらって。服に関する知識は確かに積みあがっていったし、そこから一層ファッションへの興味が強くなっていったのは間違いないです。
地元である高知県の四万十は川は綺麗だけどめちゃくちゃ田舎だし、大学進学で引っ越した広島も大都会というわけでもないし。
自分が期待していたような「服好き」には出会えずじまいだったなかで、ついに出会った真の意味での「服好き」です。一つのターニングポイントとも言えますね。
就活って面白い!
──衝撃的な出会い。ここでファッションに深く目覚めて、大学卒業後の伊勢丹就職へつながっていくわけですね。
よこちるどれん)そうですね。ただ就活時は伊勢丹一直線というわけではなくて、「東京に出る」「服に関する仕事である」という2軸だけを決めていました。それに従って就活は東京のあらゆる百貨店を受けましたね。
当時は大学に通うために広島に住んでいたので、東京の会社を受けるために何度も東京へ足を運びましたが、それ自体は全然つらくなかったというか、これ言うと引かれるか驚かれるんですが、僕って就活めっちゃ楽しかったんですよね。

──自信をもってそう言える人は珍しいかもしれません。
よこちるどれん)実際に学生から就活に関する相談が届くこともあるんですけど、そのたびに「いや就活って面白いじゃん?」って言ってますね。コメントの反応はまあ、想像通りです(笑)。
でもね、当時はドラマで見ていたような東京の街並みが見られるだけでも刺激的だったし、何より普段の生活にちょっとマンネリしていたから、新しい人にも、新しい世界にも、新しい未来にも出会える就活は刺激しかなくて、もうずっとワクワクしてたんですね。
「俺、もっとちゃんとしなきゃ」
よこちるどれん)最終的には伊勢丹新宿にメイト社員(勤務地や業務内容が限定された採用形態)として就職しました。
憧れのファッションの仕事。ワクワクに胸を膨らませて入社するわけですが、ぶっちゃけそれって「学生気分が抜けていない」とも言えるんですね。
だから同期の人たちの覚悟感というか、言動、行動一つひとつに宿る「プロになっていくんだ」という意識の高さにものすごく刺激を受けたし、反省もしました。「俺、もっとちゃんとしなきゃじゃん」って。

──まさに社会人としてのスタートですね。最初はどんな仕事をしていたんですか?
よこちるどれん)いわゆるドレスを扱う部署に配属されました。ただ、場所は伊勢丹メンズ館。高級スーツを扱うわけですが、この時点で僕にスーツの知識はまったくなかったのでひたすら勉強の日々でした。
そもそも最初はクリエイターズブランドを担当したかったので正直不本意なところもあったんですが、それでも憧れの仕事で、しかもファッションの知識も増やせるってことでずいぶん楽しく働いていたように思います。
飛び込んでみたら、想定外の楽しめる余白が見つかってくる。仕事ってそういう側面も持っているんじゃないかと思います。
コム・デ・ギャルソンとの出会い
──その後はコム・デ・ギャルソンへ転職をされていますよね。これはもともと視野に入っていた選択だったのでしょうか?
よこちるどれん)いえ、そういうわけではないですね。ギャルソンの名前は知っていたんですが、そもそもこれまで買ったことはなかったんです。
伊勢丹ではドレッシーなアイテムばかりを扱っていたので、それはそれで楽しかったんですが、反動というか、休日はカジュアルなアイテムに惹かれていたころ。ギャルソンとの出会いが訪れました。
なんとなく読んでいたファッション雑誌でギャルソンが特集されていたんですが、気が付いたら前傾姿勢で読みふけっていたんですね。「なんだこのブランド、かっこよすぎるだろ」って。

よこちるどれん)初めてそこで社長の川久保さんのお考えとか、ギャルソンのもつ文化的な背景とかを知って。全身に稲妻が落ちるような衝撃ってああいうのを言うんですね。
衝撃的な出会いを果たしたこの瞬間から今に至るまで、ギャルソンにどっぷりつかることになります。
──そこからどのようにしてコム・デ・ギャルソンで働くことになるのでしょうか。
よこちるどれん)当時働いていた伊勢丹の同フロアにはギャルソンの店舗もあったんですね。そこでもたくさん買うし、たくさん話すし、ということをしているうちに「ちょうど募集してるみたいだし、応募してみたら」とスタッフの方に背中を押されたんです。
そのとき伊勢丹の仕事はちょうどやりたかったクリエイターズブランドの取り扱いを任されていたころで、ものすごく刺激的だったんですが、次第にこうも思っていました。
「どうせ扱うなら心の底から好きと言えて、心の底からお客様に勧められるブランドを扱いたい」、と。
環境が変わったからこそ「本当にやりたいこと」の輪郭がはっきりしたんですね。応募すると決めて、その後は無事内定をもらって転職をしました。

初出勤日の思い出
──憧れのブランドでの仕事。初出勤の日のことは覚えていますか?
よこちるどれん)もちろん覚えてます。行ったことありますかね、青山の本店。そこが勤務地でした。
その日はよく晴れた日で、1時間前には近くのみずほ銀行の前でスタンバイしていました。これは伊勢丹の先輩が教えてくれた仕事のパフォーマンスを上げるコツの一つです。「1時間前に出社することで心の準備をする。そうやって余裕を持つことが大切だ」って。
手に汗がうっすらにじむ感触、片手には缶コーヒー。緊張していましたが、ワクワクの方が大きかった。新しい出会いが待っている。新しい未来が待っている。そう思うと不安ではなかったですね。
「服じゃなくて、俺を見てもらわないと」
──積みあがっていくキャリア。一方で、「よこちるどれん」としてのスタート地点はどこになってくるのでしょうか?
よこちるどれん)うーん……。「ここからです」ときっぱり言い切るのは難しいですが、SNS発信を始めたのが確か28歳くらいの頃だったかな。強いて言うなら「ここ」だと思います。
ぶっちゃけた話をするんですけど、東京に出てきたらもっとみんな見てくれると思っていたんですね(笑)。

よこちるどれん)独特なファッションをすればスナップを撮られたり反応してくれる人もいるけど、「自分個人」とのつながりになるかというと、それはまた別の話で。
東京で働きだしてしばらく経ってもそんな感じだったから、あ、服だけじゃダメなんだって気づきました。実績を作り、キャリアを積み、自分自身に「武器」を付けなきゃ人は近寄って来てはくれないんだ、と。
たとえば今回のインタビューだって、僕に実績がなければ実現しなかったわけですからね。
「よこちるどれん」が始まった瞬間
──当時から投稿内容はファッション関連だったのでしょうか。
よこちるどれん)そうですね。今みたいなフォーマットがあったわけではありませんが、当時は仕事と家の往復、休日はとにかく服を買う毎日で、とにかく服だけ増えまくっていて。だからまずは、溜め続けてきた服をコンテンツに活用しようと考えていました。
それと、発信したら反応をもらえますよね。それが僕的には一番求めていたことで、自分のファッションは客観的にどんな評価をされるのかも気になっていたんですね。
──実際どれくらい服を買っていたのでしょうか?
よこちるどれん)質にこだわった服を、やばいくらいの量で買ってました。口座残高は一時期3,000円くらいだったかな。これって学生時代じゃなくて社会人のときの話ですからね。
こんな日々が上京してからの5、6年は続いていました。いやあ、思い返すとなかなかやばいですね(笑)。

知らないことがあるからワクワクできる
──今はクリエイターとして独立をされています。このご決断に至った経緯を教えてください。
よこちるどれん)個人的に始めた発信活動に、もっと本腰を入れて取り組みたくなったんですね。
社会人としてそれなりの期間働き続けてきたわけなので、発信活動をするうえで属している組織に迷惑をかけるのは絶対にすべきでないと決めていましたが、それはそれとしてやっぱり制限はできる。
それがもどかしくなってきたんです。そこが大きな理由ですね。

──いうなれば安定を捨てての独立です。不安はなかったのでしょうか?
よこちるどれん)自分は結構慎重なところがあるので、独立するのにもまずは環境を整えることに専念しました。具体的には、発信活動での収入が本業の収入と同等以上になってから独立の判断をしています。
そのおかげで、「食えなくなるかも」という独立における最大の不安を取り除けたのも大きかったと思います。
だからどちらかというと、この選択もワクワクが強くて(笑)。新しい刺激が待っている、そのことに目が向いていました。やりたいからやるわけですしね。
──これまでのお話を振り返っても、変化のタイミングはずっとワクワクされていますね。
よこちるどれん)そうですね。知らないことを前にしたときにワクワクするタイプなんだと思います。
でも仕事ってそうじゃないですか? 知らないことがあるから面白い。知ってることばかり、やったことのあることばかりで日々が埋め尽くされたら、きっと飽きちゃいます。
調べすぎた旅行が予定調和のようになってしまうのと同じで、「知らない余白」があるほうが仕事もワクワクできるんだと思います。僕はこれからも、その余白に目を向けていきたいですね。

取材・執筆・撮影:小林駿平
執筆・編集 PORTキャリア編集部
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